ふしぎブログ

ウーン ムニャムニャ

母校に行ってきました

われわれは水ぎわへ進み、海に沿うて歩いた。打ちよせる磯波が、時に、長くのびて来て、われわれのズックの靴をぬらした。私は何一つ考えられなかった。帽子なしの頭に直射する太陽のおかげで、私は半分眠ったような状態だったから。

 

カミュ『異邦人』p.52


通っていた大学(日本大学芸術学部)は、校舎が二つあった。一つは所沢に、もう一つは江古田である。一・二年を所沢で過ごし、三・四年になると江古田に移る。最近になって、上が何を思ったのか、所沢での授業をすべて撤廃して、全学年を江古田に通わせる計画を進めているらしい。その影響により、現在の江古田では、所沢に通う必要のなくなった学生を受けとめるべく、新校舎をどんどん増設している。
江古田校舎の一角には、友人と朝まで語らったベンチがあり、その場所を仲間内で「おもいでベンチ」などと呼称していた。しかし数月前、おもいでベンチは高くそびえたつ白いビニールの壁に覆われ、その中ではベンチの解体工事が進んでいた。ここに新しい建物を建てるらしい。すべては新学年を受け入れるためである。

 

「授業で何か話をしてほしい」という依頼が来たのは先月半ばのことである。もうすぐ無職になる予定だった私は、どうせ暇だしいいか……と了承した。在学中や最近のことを話してほしいと先生に言われる。最近は酒を飲んでばかりいたし、在学中も恩師の先生と飲んで駄弁っていたことを思い出す。こんなことなら私のようなろくでもない卒業生よりも、他の卒業生(船越英一郎とか)を呼べばいいのに……と思ったが、それでも呼んでもらったのは嬉しかった。
呼んでもらった先生には以前、村上春樹の『海辺のカフカ』のブックカバーを似せてデザインした『海辺のフカフカ』と書いてあるブックカバーをプレゼントしたことがあった。そのことを先生がずっと覚えていてくれて、わざわざ私に講演依頼をくれたのである。
こうなったら、やるっきゃない。とりあえず授業で読む原稿をだらだらと書くことにした。
在学中は将来が不安で仕方が無かったこと、朝まで友人と喋っていたこと、「授業をサボって喋っても、その話の中にひとつでも残るものがあれば、その日一日は価値があるんだ」とゼミの先生に言われたこと、在学中はずっと図書館にいてひたすら映画と本を摂取しまくっていたが、そういうものを思い出すときに図書館という場所も同時に思い出すこと、しかしうちの大学で芸術を勉強しても社会では一切評価されないこと、むしろ物事を深く考えていると何かしら悪影響が生じてくること、しかし在学中も卒業してからも出会う人と言葉を通して繋がっていて、それは本当に自分にとって大切であると思うこと、面接では意味がなかったけれど、私は本当に映画、音楽、美術が好きなこと、そして言葉を通して繋がった人との関係は本当に尊いこと、という感じで、とにかく自分にとって日常的に考えている内容しか書くことができなかった。しかしそれ以上自分を演出する必要もないと思った。とにかく物は言いよう。できるだけ簡素な文体で、優しい語り口になるよう心がけた。

 

講義は所沢の方で行われ、一・二年生が受講対象だった。受講人数が思ったよりも多かったが、意外と緊張しなかった。いろいろ心配していたが、本当にスムーズに喋れた。講義が終わると、「ふしぎさんの言葉に引き込まれてしまった」などと周りから褒められたが、それは前で話していて肌で感じたことだった。こういう経験をさせてもらって本当によかったと思った……。

 

それで、無事に終わった……と浮ついた心で帰ろうとすると、横目に大学図書館が見えた。ちょっと寄って行こうかと思ったが、もう学生証を持っていないので館内に入ることができなかった。でも、それでいいのだと思った。あの場所では多くのものを手に入れた。初めてドイツ表現主義に出会い、カンディンスキーの抽象芸術論を読み、文芸学科といっても美術の勉強の必要性を強く感じた。初めてゴダールの映画を観た。大学に入る前はヌーヴェルバーグという概念すら知らなかったのに……。真冬に借りたベケットの『いざ最悪の方へ』は名著だった。冬の一限をサボって見ていたアンリ・ミショーの絵画は美しかった。ミショーは寄宿舎で窮屈な思いをした陰鬱な子供時代を持っていたんだっけ……。

そういうことを考えていると、なんだか自分がずいぶん空虚な存在に思えた。あまりにも過ぎ去った思い出が美しいので、今の自分の存在が消えかけそうになった。このまま、図書館と一緒に消えてなくなりたいと思った。校舎が江古田に全移動するのなら、所沢の図書館も、やがては立て壊されるだろう。おもいでベンチがある日突然、跡形もなく撤去されたように、ここもなくなる運命にあるだろう。

古代アレクサンドリア図書館も火災で焼失してしまったが、いずれにしても建物はいつかなくなってしまうものである。どれだけの青春の日々を過ごしても、やがてその場所は消えていってしまう。もしくは、自分の通う場所ではなくなってしまう。そのときは通過点と思えなくても、いつしか全ての過去は通過点と思える日も来るだろう。

もう学生証がないので、学生として図書館に入り浸ることができなくなってしまった。でも本は読んでいこう。そうすればきっと、また新しい点を探すことだってできるだろう。

 

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

 

 

いざ最悪の方へ (Le livre de luciole (34))

いざ最悪の方へ (Le livre de luciole (34))