ふしぎブログ

ムニャムニャ

二つの場面ーーバイオリン弾きとベルイマン

ぼくらが
電車通りを駆け抜けると
巻きおこる
たつまきで街はぐらぐら
おしゃれな風は花びらひらひら
陽炎の街
まるで花ばたけ

(はっぴいえんど「花いちもんめ」)

 


ここのところ、小学校時代に読んだある本の場面が、何度も頭をよぎっている。しかし書名がどうしても思い出せないので困っている。妻子持ちの貧しいバイオリン弾きの男が出てきて、軍歌を弾けばすこしは金になる、と言われるも、「僕のバイオリンで軍歌は弾きたくない」と拒むのだ。妻も夫の気持ちを察してそれ以上何も言わない。しかし家計が切迫したために、彼は仕方なくバイオリンで軍歌を弾くことにする。街の広場で彼は軍歌を弾きはじめるが、途中で諦めて、やがて美しい外国の曲を奏でていく。その場面だけが、最近、妙に頭から離れない。どうしたものか。

小学校にあがって間もない頃から、私はすこし難しい本を好んで読んでいた。ほかの子が絵本を読むなかで、一人だけ活字本を読んでいた。と言ってもちゃんと読めていた訳ではなく、文字を目で追っているだけに過ぎなかったのだが。しかしそれでも本を読むという行為には特別な愛着があった。最初から最後まで理解して本を読まなくても、ひとつでも心に留まったものが見つかればそれでいいという、わりにいい加減な読書方法もそこで身につけてしまった。でも、まあ、好きに読むのがいちばん良い読書法なんじゃないかとも思う。

 

冒頭でバイオリン弾きの出てくる場面について書いたが、もうひとつ、最近特に思い出す映画の場面がある。
スウェーデンの映画監督、イングマール・ベルイマンの『魔術師』という映画に、老婆と若い娘が椅子に座って話をしている場面がある。老婆は若い娘に優しい口調で語りかけている。そこでは、老婆の眼も、老婆の口ぶりも、老婆のジェスチャーも、すべてが優しさでできている。見た感じの印象だが、娘と老婆には五十歳ほどの年齢の差があった。しかしここでいう年齢の差とは、単に時間の差ではなく、魂の年齢の差のように私には感じられた。人間のうちにある神的な霊魂を、ベルイマンは確かに捉えたのだろう。

 

 

 

風街ろまん

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魔術師 ≪HDリマスター版≫ [DVD]

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夜を歩く

1年ほど前に早稲田松竹エルマンノ・オルミの『木靴の樹』という映画を観ました。文益小作農場に住む人たちの物語です。穏やかな農場の映像は絵画的で、ぼんやりした夢のような良さを持っています。でも動物屠殺シーンがリアルで怖かった。生きることは食べること、生きることは祈ること、生きることは他者と関わること…そういう大切なことが描かれている美しい映画です。

 

前置きはこれくらいにして、少し前に、その映画からインスピレーションを受けて詩を書きました。折角なので掲載することにします。

 

 

 

夜を歩く

 

まだ咲いたばかりの
サフランの花を
そっと摘みとるときの
燈火の幻

真夜中に
きみを探しに表に出ると
マンフレディーニのピアノ曲
壁に反響している

子供のささやく声が
そこらじゅうから聴こえる

(壁の近くは 暖かいから
 木を植えるときはそこに植えよう)
(夢の近くに 家をかまえて
 いつでも行き来できるようにしよう)

月はだんだん西へと落ちていく
月のまわりは まるで
幻のように明るさを保っている

絵本をめくるときの
小さな喜び
疲れきって
休息を乞うときの
夜への安らかな気持ち

月は朝になると消えてしまう
魔法でも何でもなく

 

(ある午後に)

昔書いた詩を掲載します。余り上手く書けているという感じでもないんですが、自分で気に入っているので、掲載しちゃいます。午後を題材にした詩です。

 

 

(ある午後に)

 

過ぎゆくものが
すべて実体を持たないように
思える午後

子供たちの午後と
私の午後に
どんな違いがあるのかを
私は知りたい

横になりながら
そっと耳を澄ませると
部屋じゅうは
小鳥たちのレクイエムで
いっぱいになっている

そして
昼間には消されている
蛍光灯の灯りだけが
真上に吊るされている


(ある午後に
目を覚ますと
手の話を
している人がいました)

子供の手、
大人の手、
まほうつかいの手、
聖母の手、
友人の手、
いつもそれは手のように見えているけれど
本当は手ではないのです。


手はときどき
ひとりでに部屋の隅に行って
退屈をもつかまえます。

手がつかまえるものは
役に立たないものばかり

けれど
お月さまに届ければ
きっとよろこばれることでしょう。

 

退屈のなかには

いつも死のにおいがした

 

誰かが忘れていった
指の痕跡を

私は
目覚めて、
拾いあつめる。