ふしぎブログ

ウーン ムニャムニャ

『ダイナマイト・トラベラー』を思い返して

のんびりのんきな春の麗らかな日に、友人と曳舟に向かいました。

 

弓指寛治さんのソロエキシビジョン『ダイナマイト・トラベラー』を見に。


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フライヤーに描かれている二人は、末井富子さんと、その浮気相手である霊司さん。

 

二人は1955年に岡山の山奥でダイナマイトを使って心中したそうです。

 

弓指さんは、ダイナマイト心中事件の起こった岡山県吉永町のあたりを、富子さんの息子さんの末井昭さんと親戚の清美さんの案内で巡り、

このエキシビジョンでは、その旅を題材とした作品と、心中事件を題材とした作品とを混ぜて展示していました。

現在と過去、そしてその時間軸に存在する人物が交錯して、映像作品を見ているような感覚も覚えました。

 


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残念ながら写真はないのですが、弓指さんが夜ドライブをしていたら偶然会ったという鹿の絵が印象的でした。

かなり個人的な話ですが、この絵を見て、数年前に近所で偶然出会った友人のことを思い出しました。ばったり出会ったその日が最期でした。

鹿の絵を見てそのことを思い出したと言うと、弓指さんはすぐにその感覚を理解してくれて、なんというか、少し感動を覚えました。

 

自殺はあまり良くないけれども、自殺した人をすべて否定することもできないというのが私の感覚です。

今回、ポップという声が来場者からあがっていました。確かに作品にはポップな部分がありました。死にも暗いだけでなく明るい側面があるのでしょう。


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弓指さんはわれわれにとても丁寧にギャラリートークをしてくれました。

おかげでとても良い時間が過ごせました。

 

最初、私が、おっ!ここから入るのか!と会場の扉を開けたら、「そこは出口や!」といきなりツッコミをさせてしまいましたが…。笑

 

まだまだ会期中ですので、おすすめです。

最寄り駅は京成曳舟駅です。

 

 

弓指寛治ソロエキシビジョン

ダイナマイト・トラベラー
会期
2019年3月2日~3月17日
会場
シープスタジオ
住所
東京都墨田区京島3-20-9
開館時間
13:00~20:00

 

ふしぎやさん、てんぷらやさん、などなど

去年を思い返すと良い本に色々出会えていたのでまとめてみました。仕事の関係で絵本ばかり読んでいたような。特に良かった本を貼っていきます。

 

ふしぎやさん (おはなしさいた)

ふしぎやさん (おはなしさいた)

 

よく行く変わった素敵な喫茶店のマダムからおすすめされました。森ではふしぎなことばかり起こる楽しいお話です。

 

うまれてきた子ども (えほんはともだち)
 

これはまるで反出生主義とはかけ離れたタイトルですが、この本はどちらかというとシオランの思想にも近いと思います。

 

発達凸凹なボクの世界: ―感覚過敏を探検する― (子どもの気持ちを知る絵本)

発達凸凹なボクの世界: ―感覚過敏を探検する― (子どもの気持ちを知る絵本)

 

これは発達障害関係の本の中で一番良い本だと思っています。感覚過敏によって悪いことばかりだけど、おかげで私は独自の色彩を使って絵を描けるんだぞっという作者の情熱を感じます。

 

実在への殺到 (水声文庫)

実在への殺到 (水声文庫)

 

ファミレスで頑張って読んでいました。著者は思弁的実在論が日本で流行るずっと以前からセールを研究していたとのことで、流行りのSRの研究書というよりかは、文化人類学や文学、アート全般、色々なところからアクセスできるハイセンスな本。そういう本は面白いものです。

 

ABC殺人事件 (講談社青い鳥文庫)

ABC殺人事件 (講談社青い鳥文庫)

 

ポアロに予告状が届く…名前の頭文字Aの被害者が殺される…予告状が届く…次は頭文字Bの被害者が殺される…という感じで次々殺人事件が起こります。殺害現場にかならずABC時刻表を置いていく犯人、ずいぶんマメだなぁ…。

 

これはもう絶対にみんなに読んでほしい…。

涙なしには語れません。

てんぷらやさんが火事で全焼する場面から始まります。

お見舞いにかけつけたパン屋のからす二羽が天ぷらやさんを手伝うお話です。

 

西洋古代・中世哲学史 (平凡社ライブラリー)

西洋古代・中世哲学史 (平凡社ライブラリー)

 

こんなにもぎゅっとまとまっているわかりやすい哲学史の本があったなんて…日頃哲学書を読まずに積み上げている私は、思わぬお買い得品に歓喜。ぎゅっとまとまっているのに要点がきちんとしている印象です。

 

 

「だから、生きる。」 (新潮文庫)

「だから、生きる。」 (新潮文庫)

 

ここ数年のつんくの神のようなEDMの楽曲を思い返しながら読みました。

 

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

 

友人からすすめてもらった本。面白そうなイベントがあったら、行くのか、行かないのか。俺は行く!この圧倒的な言葉を信じて、年始に行こうか迷っていた句会に行ったら、とても楽しかったです。ホリエモンすごい…。

 

散歩もの (扶桑社文庫)

散歩もの (扶桑社文庫)

 

茶店で紹介されて、とても良い漫画でした。

 

極光のかげに―シベリア俘虜記 (岩波文庫)

極光のかげに―シベリア俘虜記 (岩波文庫)

 

ずいぶん読みやすい文章です。過酷な環境下を綴った文章ですが、希望もあります。

 

あひる

あひる

 

読み終わって後から考えると不可解なことばかり起きます。でも、それが現実なのかもしれません。

 

 

こんなところです。思いついたらまた書きます。

 

大阪紀行―西に聖地あり―

コペル君は、何か大きな渦の中に、ただよっているような気持でした。

「ねえ、叔父さん。」

「なんだい。」

「人間て……」

と言いかけて、コペル君は、ちょっと赤くなりました。でも、思い切って言いました。

「人間て、まあ、水の分子みたいなものだねえ。」

「そう。世の中を海や河にたとえれば、一人一人の人間は、たしかに、その分子だろうね。」

「叔父さんも、そうなんだねえ。」

「そうさ。君だってそうだよ。ずいぶん、ちびの分子さ。」

              吉野源三郎君たちはどう生きるか』 17頁

 

 

「俺、自分が男でよかったと思うよ。女だったら、翼に惚れてたもん」

朝十時半、屍派のロックスターの下村猛さんと、大阪の串カツ屋で飲んでいる。すでに彼は昨夜から朝にかけて飲んでいたらしい。本物のアル中の姿を見る。

東京から新幹線で三時間半、上田信治さんと翼さんのトークショーを見に大阪まできた。大阪に着いてからは翼さんや薬夏ちゃんたちと飲み、その後トークショーに行って、普段西にいて会えない人たちと飲んで喋って楽しい時を過ごした。三次会でカラオケに行って、小さなビジネスホテルに宿泊した。チェックアウトの時間が来て、このまま東京に帰ろうかと思っていたところ、朝食を食べようと下村さんから誘われて、大阪で飲むことになった。

下村さんは昨夜と同じく、革ジャンにサングラスというとてもロックな格好で現れた。以前、「今日は賞金王だから…」とゴールドの上下ジャージを着ていた翼さんの姿を彷彿させる。

 

串カツ屋のカウンター席で、ビールを飲みながら下村さんが訊ねる。「ふしぎちゃんは、翼に惚れたりしないの?」私はサーモンの刺身を食べながら、うん、大好きだよ、と答える。下村さんは、付き合って間もない恋人の話をするように翼さんについて語りはじめる。「格好いいよね…」さらには、「アイツは俺が買えなかった舟券も買ってくれるんだよー」と、ギャンブルを通じての関係性も明らかになる。

それから話題は昨夜のことになって、下村さんが途中で帰ったカラオケで、自分が高田みづえの「硝子坂」を結構上手く歌えたことを報告した。

「硝子坂はね、昔俺がホストしてたときにお客さんがよく歌ってたから、覚えてるよ。最後の硝子坂♪ の歌詞を、俺の源氏名に変えて歌ってくれてたんだよ」

実のところ、昼の仕事とは別に、源氏名を使うアルバイトを私も時々していた。基本的には楽しい仕事なのだが、嫌なことも稀にあった。「大変よね、うん。えらいよ君は」と言われたことが少し嬉しかった。下村さんは一見ワルそうにも見えるが、実際話してみると心温かくて情に脆く、たいへん会話上手な人なのである。

 

一番えらいのは伊達巻を考へた人 咲良あぽろ

ゆつくりなら火箸でも大丈夫 とうま

ボートの結果知り泣き崩れる母 下村猛

(『アウトロー俳句』より引用)

 

串カツ屋のあとお寿司までご馳走になった。そして折角なので、島田牙城さんのいる邑書林に寄ろうという話になった。邑書林は、北大路翼の第一句集『天使の涎』を出した出版社なのである。どうやら牙城さんは、日本酒と海苔を用意して我々を待ってくれているそう。梅田でタクシーをつかまえて、尼崎まで向かう。聞けば、下村さんは新幹線とタクシーしか使わない男らしい。

 

好きなのは少し壊れてゐるところ 白熊左愉

もう会はぬ奴に鯛焼き買うてやる 才森有紀

柘榴から生まれる皮膚のない子供 照子

(『アウトロー俳句』より引用)

 

タクシーの車窓から、「尼崎方面」と書かれた看板が見える。車は大阪から兵庫に入ったらしい。兵庫と言っても、風景は先ほどの大阪とさして変わりはない。しかしどこか特別な場所に向かうというほのかな期待感で車窓は満ちていた。

 

「俳句をする奴は俳句だけじゃだめなんだよ。色んなことできないと。ボートとか」

話は少し脱線するが、大阪初日に、みんなで飲んでいるときに翼さんが言っていた言葉である。文脈的には、他のジャンルもやりつつ俳句を詠むのは良いことという意味だったのだが、ボートとか言うのでつい笑ってしまった。

屍派は俳句以外にも、絵や音楽など様々な才能を持つ人が集まっている。誰も、「俳句だけをやるべきだ」とか言う人はいない。家元自身の懐の深さが、屍派の俳句の魅力のひとつになっているのだと感じた瞬間だった。

 

好きといふ変な日本語春うらら 北大路翼

胸中に古き地図あり日向ぼこ 黄土眠兎

 

『天使の涎』の聖地・邑書林

 

タクシーで邑書林の前まで来たわれわれの目の前に、「遅いよ! お前ら!」と鈴を二つ持って牙城さんが現れた。私と下村さんに一個ずつ鈴を手渡す。尼崎の路上に鈴の音が鳴り響いた。

 

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邑書林にて

 

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 『天使の涎』を見つける

 

f:id:chan_fushigi:20180413083721j:plain 逆光で牙城さんを撮影。

 

邑書林はマンションの一室にあり、生活スペース兼仕事場という感じだった。奥の部屋にはずらりと句集の並んだ本棚があり、来た者を感激させていた。数ある句集のなかに、ピンク色の表紙の『天使の涎』を発見して、嬉しくなった。

 

牙城さんとはその日初めて会って話したが、チャーミングで気さくな方だった。日本酒を飲みながら、普段は看護師をしている下村さんから死の話を聞いたり、屍派の膣ギロチン(ちーちゃん)の俳句が素晴らしいという話をしたりした。それから眠兎さんが来てくれて、眠兎さんの持ってきてくれたサンドイッチを食べて、のんびりした時間を過ごした。「こういうのんびりした時間がいいわねえ」と眠兎さんが言っていて、本当にそうだなあと感じた。部屋の入口には昨夜のトークショーで、牙城さんが翼さんに貰っていたサイン入りの、ジーンズの上着がかけられていた。

 

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 眠兎さんにサインを書いてもらいました。

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牙城さんにもサインをもらいました!「大好きな櫻であれば振りかへる」

 

 

大阪から東京に戻ると、雨も降っていて、春だというのにとても寒かった。翌朝、仕事に行くと、一昨日の夜は雪が降ったことを告げられた。ちょうどその頃といえば、トークショーに行って、屍派のテーブルでストロングゼロを飲んでいたことを思い出す。

 

本当に楽しい二日間だった。また行きたいナ。

 

 

【文庫 】君たちはどう生きるか (岩波文庫)

【文庫 】君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

 

 

新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」 アウトロー俳句

新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」 アウトロー俳句

 

 

 

天使の涎

天使の涎

 

 

 

俳句の背骨

俳句の背骨

 

 

*黄土眠兎『御意』(限定500部)、邑書林、2018年。

 

 

かなしみ、そしてカオナシ…

小川 日本語の「かなしい」という言葉には、いろいろな意味がありますものね。

河合 「悲しい」や「哀しい」、「愛しい」も「美しい」も全部「かなしい」ですからね。

 

(『生きるとは、自分の物語をつくること』小川洋子 河合隼雄 94頁)

 

 

二年前に書いた自分の日記をたまたま読み返したところ、詩人アンリ・ミショーについて綴っており、その内容がやはり暗かった。彼の詩のなかから、生まれたくなかったという思想を感じさせるような一文を書き写して、ミショーは管理・公立化された寄宿舎で幼少期を過ごしたために、このような一文を綴ったのではないか、という分析まで添えられていた。もちろんこの分析は一面的なものに過ぎないのだが、私は二年前の自分がすでにミショーの詩に魅入られていたという事実に小さな喜びを感じてしまった。俗世の裏側にある甘美なかなしみを味わうことができれば、私もすこしはこの世界のことが理解できたと言えるだろう。

 

さて、一昨日、『千と千尋の神隠し』を友人と観て本当にすごく楽しかった。子供の頃に観たときは主人公である千尋に感情移入していたが、二十歳を過ぎてから観ると、千尋以外の登場人物の心情もなんとなく伝わってくるから不思議だ。昨年の『シン・ゴジラ』があまりにも良い映画だったので気持ちがジブリよりも断然カラーに行きがちな昨今であったが、観返してみると、やっぱりジブリっていいなーという気持ちになってしまった。『君の名は。』も素晴らしかったけど、『名探偵コナン 純黒の悪夢』もすごく良かったけど、やっぱりジブリっていいよねー。

 

千と千尋の神隠し』には個性的なキャラクターがいろいろ登場するが、なかでも「カオナシ」の存在はかなり妙である。子供の頃に初めてカオナシを見たときは、かわいい…でもちょっと不気味だ…くらいにしか思わなかったが、二十歳を過ぎて見ると、カオナシのことが全部理解できてしまったので愕然とした。カオナシとは何か? 2017年になった今でも、ネット上では様々な憶測が飛んでいるが、宮崎駿は、カオナシはみんなの心のなかにいる、などと言っている。恐ろしいよ…。

 

こうやって人はカオナシを通して、カオナシを学ぶのだろう……。 と書くと、「やたらカオナシに熱い人」に思われるかもしれないが、やはり子供の頃の自分と今の自分との間には、十年と少しの時間が流れていたことを、私は画面の向こうのカオナシに知らされたように思えたのだった。

 

 

 

千と千尋の神隠し (通常版) [DVD]

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生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)

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発達障害のうらしまたろう

発達障害のうらしまたろう

発達障害と一口に言っても色んなタイプがいると思うんですけど、自分の経験をもとに書いてみました。


ある日、うらしまたろうは、浜辺で子供たちが、かめをいじめているのを見ました…。

たろう「わー。どうしよう……助けようかな? 警察を呼ぼうかな? あわわ…」

うらしまたろうは、警察を呼ぼうとしましたが、パニックになっていたので、番号を忘れました。

たろう「とりあえずGoogleで検索……。よし、これだな、かけてみよう…」

しかしながら、うらしまたろうは、警察もすぐに来ないだろうし、面倒になって、突然Googleで番号を検索するのをやめました。

たろう「かめをいじめるのはやめなよっ」

たろうは、さっきまでアレコレ悩んでいたのに、特に何も考えずに、子供たちのなかに割って入っていきました。
子供たちはかめをいじめるのをやめました。

子供たち「あ、はい…。それにしても、お洒落ですね」

意外なことに服のセンスが良いたろうは、子供たちに褒められました。

たろう「ユニクロで買ったんだ」
子供たち「おしゃれー」

子供たちは、うらしまのファッションセンスを褒めて、浜辺を後にしました。

たろう「ああ、怖かった。かめさん、調子はどうだい?」

助けてもらったかめは、言いました。

かめ「君、竜宮城に来てみないかい? さっき助けてもらったお礼なんだ」

たろうは言いました。

たろう「うーん、でも心配だな……。いや、でも、まあ、試しに行ってみよう!」

たろうは好奇心が人一倍強いので、よくわからないけれど、かめについていくことにしました。

たろう「あっ、でも。ちょっと待って、スマホ忘れたっ」
かめ「確認しとけよ……」

かめはたろうのために、いったん浜辺に戻りました。

たろう「ごめんごめん……」
かめ「しっかりしろよな」
たろう「あっ、今度は財布を忘れた」

かめはたろうのために、いったん浜辺に戻りました。

たろう「ごめん、ごめん」
かめ「しっかりしろよ~」

かめに乗せられて、うらしまはりゅうぐうじょうに着きました。

たろう「おおっ、これが竜宮城か……」
かめ「そうだよ。タイヤヒラメの舞い踊りも見ていきなよ」
たろう「なるほど。これは、中国の神仙思想に基づくのかな?」

意外なことに、子供の頃から思想に興味があったうらしまは、それが神仙思想に基づくものだということを言い当てました。

かめ「なんてするどいんだ……恐ろしいよ……」

かめは先程までのうらしまの無能ぶりを見ていたので、若干驚きました。

たろう「あっ。トイレに行きたい。すいません、トイレはどこですか?」
かめ「ほら、あのヒラメのそばにある、小さな入り口だよ。その先を右に曲がるとあるよ」
たろう「わかりました! ありがとうございます」

たろうは、入り口に入ってから、左右に分かれた道を見て、考え込みました。

たろう「えーと、ヒラメの目ってどっち側についてるんだっけ。カレイとどう見分けるんだっけ。カレイが左だっけか。うーん。……あれ? トイレって右って言われたっけ、左って言われたっけ????」

たろうは戻って確認したほうが良いと思いつつ、自分の直感を信じて、左の道に行きました。たろうは、簡単な道でしたが、迷いました。

たろう「困ったな、、、」

たろうは迷いに迷ったあげく、無事トイレに辿り着き、かめの元に戻りました。

たろう「ふう、迷いに迷っちゃいましたよ」
かめ「あんな簡単な道で、どうして……」

たろうはタイやヒラメの舞い踊りを見つつ、ぼーっとしていました。

たろう「うーん、眠い。そろそろ家に帰ろうかな……。」
かめ「よし、わかった。おいらが浜辺まで送って行ってやるッ」
たろう「えー。そんなそんな良いですよ、帰り道ぐらいひとりで行けますって!」
かめ「さっきトイレで迷ってたくせに……」

たろうはふたたび、ボーっとしていました。
たろうの元に、うつくしい乙姫さまがきて言いました。

乙姫「村に帰って困ったことがあったらこの玉手箱をあけなさい」
たろう「はっ。ぼーっとしていた。すいませんもう一度お願いします」
乙姫「村に帰って困ったことがあったらこの玉手箱をあけなさい」
たろう「わかりましたー」

たろうは玉手箱を受け取りました。

村に帰ったうらしまたろうは、さっそく家に帰ろうとしました。
たろう「最近この村に来てなかったから、道を忘れてしまった……」
たろうはふたたび道に迷いました。

たろう「もう、道に迷って、ここがどこなのかわからない。とりあえず、まあ、タクシー呼ぶか」

うらしまたろうは、困ったときのタクシーを呼びました。
タクシーが来ました。
たろうはタクシーに乗って、家に帰りました。

家に帰ると、家はすっかり荒廃していました。

たろう「どうしたものか……。そうだ。こんなときこそ、玉手箱をつかおうっ」

たろうは、玉手箱を開けることにしました。しかし、玉手箱が見つかりません。

たろう「しまった! 玉手箱をタクシーのなかに忘れた!」

ガーン……。

 

おしまい(._.)

 

 

 

 

 

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

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浦島太郎

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抱朴子 (岩波文庫)

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抱朴子/列仙伝/神仙伝/山海経 (中国の古典シリーズ 4)

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食欲の秋とデレク・ジャーマン

幼い頃から食事をあまり摂らずに生きてきた気がする。朝は食欲がないのであまり食べられず、昼の給食に関しては、もともと少食だったので一定量を食べなければならないというプレッシャーを感じてますます食べられなかった。夕食もサラダだけ好んで食べて、他はあまり食べなかった。
こんな自分であるが、嫌いな食べ物はない。さすがにおぞましい物が出てきたら拒否するが、それ以外ならなんでも食べられる。子供が苦手とするピーマンや人参はむしろ好物だったし、食べる気力があまりになかっただけなのである。
大人になってからも、食べるのが苦手だと感じることがあった。食べることが楽しみではなく、単純作業のように感じる時期があった。なんだか自分が人間という生命体として生まれて、食べるという行為を繰り返して死を迎えるという事実に虚しくなったこともあった。そしてこういう心の絶望をどこかで大切だと思ってしまう自分もいて、余計に虚しくなった。

 

少し前、デレク・ジャーマンの『ウォー・レクイエム』という映画を観た。悲惨な戦争の映像にブリテンの鎮魂歌がずっと流れていたのが印象深い。むかし友人が「ジャーマンが撮る包帯ってセクシーだよねえ」と言っていたが、この作中に出てくる医療器具は確かにセクシーだった。包帯、注射器、薬瓶、担架、白いカーテン――そういうものはいつだってセクシーで美しい。実際に病院で見るとまったくそんなことないけれど。人はどこかで精神的に不健康なものを求めてしまうのかもしれない。

余談だが、同監督の『ヴィトゲンシュタイン』という映画も二十歳の秋に観た。作中での色彩の使い方があまりにも異常だったので驚愕した。なんというか、百円ショップのメイドインチャイナをかき集めたような代物なのだ。原色ギトギトなのに、なぜか落ち着きがある。そこにあるべき場所にその色がきちんと嵌っているような感覚があった。好みの作品ではなかったが、印象に残っている。

 

最近、急に温度が下がってきて、季節はすっかり秋である。去年の今頃、エイズ患者の歌うジャズを聴きながら試験勉強をしていたことを思い出す。勉強に飽きると、ノートの端に詩を書いていた。詩を書けば、どこか遠くに行けるような気がした。本当はどこにも行けないと分かっていたけれど……。

 

 

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母校に行ってきました

われわれは水ぎわへ進み、海に沿うて歩いた。打ちよせる磯波が、時に、長くのびて来て、われわれのズックの靴をぬらした。私は何一つ考えられなかった。帽子なしの頭に直射する太陽のおかげで、私は半分眠ったような状態だったから。

 

カミュ『異邦人』p.52


通っていた大学(日本大学芸術学部)は、校舎が二つあった。一つは所沢に、もう一つは江古田である。一・二年を所沢で過ごし、三・四年になると江古田に移る。最近になって、上が何を思ったのか、所沢での授業をすべて撤廃して、全学年を江古田に通わせる計画を進めているらしい。その影響により、現在の江古田では、所沢に通う必要のなくなった学生を受けとめるべく、新校舎をどんどん増設している。
江古田校舎の一角には、友人と朝まで語らったベンチがあり、その場所を仲間内で「おもいでベンチ」などと呼称していた。しかし数月前、おもいでベンチは高くそびえたつ白いビニールの壁に覆われ、その中ではベンチの解体工事が進んでいた。ここに新しい建物を建てるらしい。すべては新学年を受け入れるためである。

 

「授業で何か話をしてほしい」という依頼が来たのは先月半ばのことである。もうすぐ無職になる予定だった私は、どうせ暇だしいいか……と了承した。在学中や最近のことを話してほしいと先生に言われる。最近は酒を飲んでばかりいたし、在学中も恩師の先生と飲んで駄弁っていたことを思い出す。こんなことなら私のようなろくでもない卒業生よりも、他の卒業生(船越英一郎とか)を呼べばいいのに……と思ったが、それでも呼んでもらったのは嬉しかった。
呼んでもらった先生には以前、村上春樹の『海辺のカフカ』のブックカバーを似せてデザインした『海辺のフカフカ』と書いてあるブックカバーをプレゼントしたことがあった。そのことを先生がずっと覚えていてくれて、わざわざ私に講演依頼をくれたのである。
こうなったら、やるっきゃない。とりあえず授業で読む原稿をだらだらと書くことにした。
在学中は将来が不安で仕方が無かったこと、朝まで友人と喋っていたこと、「授業をサボって喋っても、その話の中にひとつでも残るものがあれば、その日一日は価値があるんだ」とゼミの先生に言われたこと、在学中はずっと図書館にいてひたすら映画と本を摂取しまくっていたが、そういうものを思い出すときに図書館という場所も同時に思い出すこと、しかしうちの大学で芸術を勉強しても社会では一切評価されないこと、むしろ物事を深く考えていると何かしら悪影響が生じてくること、しかし在学中も卒業してからも出会う人と言葉を通して繋がっていて、それは本当に自分にとって大切であると思うこと、面接では意味がなかったけれど、私は本当に映画、音楽、美術が好きなこと、そして言葉を通して繋がった人との関係は本当に尊いこと、という感じで、とにかく自分にとって日常的に考えている内容しか書くことができなかった。しかしそれ以上自分を演出する必要もないと思った。とにかく物は言いよう。できるだけ簡素な文体で、優しい語り口になるよう心がけた。

 

講義は所沢の方で行われ、一・二年生が受講対象だった。受講人数が思ったよりも多かったが、意外と緊張しなかった。いろいろ心配していたが、本当にスムーズに喋れた。講義が終わると、「ふしぎさんの言葉に引き込まれてしまった」などと周りから褒められたが、それは前で話していて肌で感じたことだった。こういう経験をさせてもらって本当によかったと思った……。

 

それで、無事に終わった……と浮ついた心で帰ろうとすると、横目に大学図書館が見えた。ちょっと寄って行こうかと思ったが、もう学生証を持っていないので館内に入ることができなかった。でも、それでいいのだと思った。あの場所では多くのものを手に入れた。初めてドイツ表現主義に出会い、カンディンスキーの抽象芸術論を読み、文芸学科といっても美術の勉強の必要性を強く感じた。初めてゴダールの映画を観た。大学に入る前はヌーヴェルバーグという概念すら知らなかったのに……。真冬に借りたベケットの『いざ最悪の方へ』は名著だった。冬の一限をサボって見ていたアンリ・ミショーの絵画は美しかった。ミショーは寄宿舎で窮屈な思いをした陰鬱な子供時代を持っていたんだっけ……。

そういうことを考えていると、なんだか自分がずいぶん空虚な存在に思えた。あまりにも過ぎ去った思い出が美しいので、今の自分の存在が消えかけそうになった。このまま、図書館と一緒に消えてなくなりたいと思った。校舎が江古田に全移動するのなら、所沢の図書館も、やがては立て壊されるだろう。おもいでベンチがある日突然、跡形もなく撤去されたように、ここもなくなる運命にあるだろう。

古代アレクサンドリア図書館も火災で焼失してしまったが、いずれにしても建物はいつかなくなってしまうものである。どれだけの青春の日々を過ごしても、やがてその場所は消えていってしまう。もしくは、自分の通う場所ではなくなってしまう。そのときは通過点と思えなくても、いつしか全ての過去は通過点と思える日も来るだろう。

もう学生証がないので、学生として図書館に入り浸ることができなくなってしまった。でも本は読んでいこう。そうすればきっと、また新しい点を探すことだってできるだろう。

 

異邦人 (新潮文庫)

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いざ最悪の方へ (Le livre de luciole (34))

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