ふしぎブログ

ウーン ムニャムニャ

発達障害のうらしまたろう

発達障害のうらしまたろう

発達障害と一口に言っても色んなタイプがいると思うんですけど、自分の経験をもとに書いてみました。


ある日、うらしまたろうは、浜辺で子供たちが、かめをいじめているのを見ました…。

たろう「わー。どうしよう……助けようかな? 警察を呼ぼうかな? あわわ…」

うらしまたろうは、警察を呼ぼうとしましたが、パニックになっていたので、番号を忘れました。

たろう「とりあえずGoogleで検索……。よし、これだな、かけてみよう…」

しかしながら、うらしまたろうは、警察もすぐに来ないだろうし、面倒になって、突然Googleで番号を検索するのをやめました。

たろう「かめをいじめるのはやめなよっ」

たろうは、さっきまでアレコレ悩んでいたのに、特に何も考えずに、子供たちのなかに割って入っていきました。
子供たちはかめをいじめるのをやめました。

子供たち「あ、はい…。それにしても、お洒落ですね」

意外なことに服のセンスが良いたろうは、子供たちに褒められました。

たろう「ユニクロで買ったんだ」
子供たち「おしゃれー」

子供たちは、うらしまのファッションセンスを褒めて、浜辺を後にしました。

たろう「ああ、怖かった。かめさん、調子はどうだい?」

助けてもらったかめは、言いました。

かめ「君、竜宮城に来てみないかい? さっき助けてもらったお礼なんだ」

たろうは言いました。

たろう「うーん、でも心配だな……。いや、でも、まあ、試しに行ってみよう!」

たろうは好奇心が人一倍強いので、よくわからないけれど、かめについていくことにしました。

たろう「あっ、でも。ちょっと待って、スマホ忘れたっ」
かめ「確認しとけよ……」

かめはたろうのために、いったん浜辺に戻りました。

たろう「ごめんごめん……」
かめ「しっかりしろよな」
たろう「あっ、今度は財布を忘れた」

かめはたろうのために、いったん浜辺に戻りました。

たろう「ごめん、ごめん」
かめ「しっかりしろよ~」

かめに乗せられて、うらしまはりゅうぐうじょうに着きました。

たろう「おおっ、これが竜宮城か……」
かめ「そうだよ。タイヤヒラメの舞い踊りも見ていきなよ」
たろう「なるほど。これは、中国の神仙思想に基づくのかな?」

意外なことに、子供の頃から思想に興味があったうらしまは、それが神仙思想に基づくものだということを言い当てました。

かめ「なんてするどいんだ……恐ろしいよ……」

かめは先程までのうらしまの無能ぶりを見ていたので、若干驚きました。

たろう「あっ。トイレに行きたい。すいません、トイレはどこですか?」
かめ「ほら、あのヒラメのそばにある、小さな入り口だよ。その先を右に曲がるとあるよ」
たろう「わかりました! ありがとうございます」

たろうは、入り口に入ってから、左右に分かれた道を見て、考え込みました。

たろう「えーと、ヒラメの目ってどっち側についてるんだっけ。カレイとどう見分けるんだっけ。カレイが左だっけか。うーん。……あれ? トイレって右って言われたっけ、左って言われたっけ????」

たろうは戻って確認したほうが良いと思いつつ、自分の直感を信じて、左の道に行きました。たろうは、簡単な道でしたが、迷いました。

たろう「困ったな、、、」

たろうは迷いに迷ったあげく、無事トイレに辿り着き、かめの元に戻りました。

たろう「ふう、迷いに迷っちゃいましたよ」
かめ「あんな簡単な道で、どうして……」

たろうはタイやヒラメの舞い踊りを見つつ、ぼーっとしていました。

たろう「うーん、眠い。そろそろ家に帰ろうかな……。」
かめ「よし、わかった。おいらが浜辺まで送って行ってやるッ」
たろう「えー。そんなそんな良いですよ、帰り道ぐらいひとりで行けますって!」
かめ「さっきトイレで迷ってたくせに……」

たろうはふたたび、ボーっとしていました。
たろうの元に、うつくしい乙姫さまがきて言いました。

乙姫「村に帰って困ったことがあったらこの玉手箱をあけなさい」
たろう「はっ。ぼーっとしていた。すいませんもう一度お願いします」
乙姫「村に帰って困ったことがあったらこの玉手箱をあけなさい」
たろう「わかりましたー」

たろうは玉手箱を受け取りました。

村に帰ったうらしまたろうは、さっそく家に帰ろうとしました。
たろう「最近この村に来てなかったから、道を忘れてしまった……」
たろうはふたたび道に迷いました。

たろう「もう、道に迷って、ここがどこなのかわからない。とりあえず、まあ、タクシー呼ぶか」

うらしまたろうは、困ったときのタクシーを呼びました。
タクシーが来ました。
たろうはタクシーに乗って、家に帰りました。

家に帰ると、家はすっかり荒廃していました。

たろう「どうしたものか……。そうだ。こんなときこそ、玉手箱をつかおうっ」

たろうは、玉手箱を開けることにしました。しかし、玉手箱が見つかりません。

たろう「しまった! 玉手箱をタクシーのなかに忘れた!」

ガーン……。

 

おしまい(._.)

 

 

 

 

 

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

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浦島太郎

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抱朴子/列仙伝/神仙伝/山海経 (中国の古典シリーズ 4)

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食欲の秋とデレク・ジャーマン

幼い頃から食事をあまり摂らずに生きてきた気がする。朝は食欲がないのであまり食べられず、昼の給食に関しては、もともと少食だったので一定量を食べなければならないというプレッシャーを感じてますます食べられなかった。夕食もサラダだけ好んで食べて、他はあまり食べなかった。
こんな自分であるが、嫌いな食べ物はない。さすがにおぞましい物が出てきたら拒否するが、それ以外ならなんでも食べられる。子供が苦手とするピーマンや人参はむしろ好物だったし、食べる気力があまりになかっただけなのである。
大人になってからも、食べるのが苦手だと感じることがあった。食べることが楽しみではなく、単純作業のように感じる時期があった。なんだか自分が人間という生命体として生まれて、食べるという行為を繰り返して死を迎えるという事実に虚しくなったこともあった。そしてこういう心の絶望をどこかで大切だと思ってしまう自分もいて、余計に虚しくなった。

 

少し前、デレク・ジャーマンの『ウォー・レクイエム』という映画を観た。悲惨な戦争の映像にブリテンの鎮魂歌がずっと流れていたのが印象深い。むかし友人が「ジャーマンが撮る包帯ってセクシーだよねえ」と言っていたが、この作中に出てくる医療器具は確かにセクシーだった。包帯、注射器、薬瓶、担架、白いカーテン――そういうものはいつだってセクシーで美しい。実際に病院で見るとまったくそんなことないけれど。人はどこかで精神的に不健康なものを求めてしまうのかもしれない。

余談だが、同監督の『ヴィトゲンシュタイン』という映画も二十歳の秋に観た。作中での色彩の使い方があまりにも異常だったので驚愕した。なんというか、百円ショップのメイドインチャイナをかき集めたような代物なのだ。原色ギトギトなのに、なぜか落ち着きがある。そこにあるべき場所にその色がきちんと嵌っているような感覚があった。好みの作品ではなかったが、印象に残っている。

 

最近、急に温度が下がってきて、季節はすっかり秋である。去年の今頃、エイズ患者の歌うジャズを聴きながら試験勉強をしていたことを思い出す。勉強に飽きると、ノートの端に詩を書いていた。詩を書けば、どこか遠くに行けるような気がした。本当はどこにも行けないと分かっていたけれど……。

 

 

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母校に行ってきました

われわれは水ぎわへ進み、海に沿うて歩いた。打ちよせる磯波が、時に、長くのびて来て、われわれのズックの靴をぬらした。私は何一つ考えられなかった。帽子なしの頭に直射する太陽のおかげで、私は半分眠ったような状態だったから。

 

カミュ『異邦人』p.52


通っていた大学(日本大学芸術学部)は、校舎が二つあった。一つは所沢に、もう一つは江古田である。一・二年を所沢で過ごし、三・四年になると江古田に移る。最近になって、上が何を思ったのか、所沢での授業をすべて撤廃して、全学年を江古田に通わせる計画を進めているらしい。その影響により、現在の江古田では、所沢に通う必要のなくなった学生を受けとめるべく、新校舎をどんどん増設している。
江古田校舎の一角には、友人と朝まで語らったベンチがあり、その場所を仲間内で「おもいでベンチ」などと呼称していた。しかし数月前、おもいでベンチは高くそびえたつ白いビニールの壁に覆われ、その中ではベンチの解体工事が進んでいた。ここに新しい建物を建てるらしい。すべては新学年を受け入れるためである。

 

「授業で何か話をしてほしい」という依頼が来たのは先月半ばのことである。もうすぐ無職になる予定だった私は、どうせ暇だしいいか……と了承した。在学中や最近のことを話してほしいと先生に言われる。最近は酒を飲んでばかりいたし、在学中も恩師の先生と飲んで駄弁っていたことを思い出す。こんなことなら私のようなろくでもない卒業生よりも、他の卒業生(船越英一郎とか)を呼べばいいのに……と思ったが、それでも呼んでもらったのは嬉しかった。
呼んでもらった先生には以前、村上春樹の『海辺のカフカ』のブックカバーを似せてデザインした『海辺のフカフカ』と書いてあるブックカバーをプレゼントしたことがあった。そのことを先生がずっと覚えていてくれて、わざわざ私に講演依頼をくれたのである。
こうなったら、やるっきゃない。とりあえず授業で読む原稿をだらだらと書くことにした。
在学中は将来が不安で仕方が無かったこと、朝まで友人と喋っていたこと、「授業をサボって喋っても、その話の中にひとつでも残るものがあれば、その日一日は価値があるんだ」とゼミの先生に言われたこと、在学中はずっと図書館にいてひたすら映画と本を摂取しまくっていたが、そういうものを思い出すときに図書館という場所も同時に思い出すこと、しかしうちの大学で芸術を勉強しても社会では一切評価されないこと、むしろ物事を深く考えていると何かしら悪影響が生じてくること、しかし在学中も卒業してからも出会う人と言葉を通して繋がっていて、それは本当に自分にとって大切であると思うこと、面接では意味がなかったけれど、私は本当に映画、音楽、美術が好きなこと、そして言葉を通して繋がった人との関係は本当に尊いこと、という感じで、とにかく自分にとって日常的に考えている内容しか書くことができなかった。しかしそれ以上自分を演出する必要もないと思った。とにかく物は言いよう。できるだけ簡素な文体で、優しい語り口になるよう心がけた。

 

講義は所沢の方で行われ、一・二年生が受講対象だった。受講人数が思ったよりも多かったが、意外と緊張しなかった。いろいろ心配していたが、本当にスムーズに喋れた。講義が終わると、「ふしぎさんの言葉に引き込まれてしまった」などと周りから褒められたが、それは前で話していて肌で感じたことだった。こういう経験をさせてもらって本当によかったと思った……。

 

それで、無事に終わった……と浮ついた心で帰ろうとすると、横目に大学図書館が見えた。ちょっと寄って行こうかと思ったが、もう学生証を持っていないので館内に入ることができなかった。でも、それでいいのだと思った。あの場所では多くのものを手に入れた。初めてドイツ表現主義に出会い、カンディンスキーの抽象芸術論を読み、文芸学科といっても美術の勉強の必要性を強く感じた。初めてゴダールの映画を観た。大学に入る前はヌーヴェルバーグという概念すら知らなかったのに……。真冬に借りたベケットの『いざ最悪の方へ』は名著だった。冬の一限をサボって見ていたアンリ・ミショーの絵画は美しかった。ミショーは寄宿舎で窮屈な思いをした陰鬱な子供時代を持っていたんだっけ……。

そういうことを考えていると、なんだか自分がずいぶん空虚な存在に思えた。あまりにも過ぎ去った思い出が美しいので、今の自分の存在が消えかけそうになった。このまま、図書館と一緒に消えてなくなりたいと思った。校舎が江古田に全移動するのなら、所沢の図書館も、やがては立て壊されるだろう。おもいでベンチがある日突然、跡形もなく撤去されたように、ここもなくなる運命にあるだろう。

古代アレクサンドリア図書館も火災で焼失してしまったが、いずれにしても建物はいつかなくなってしまうものである。どれだけの青春の日々を過ごしても、やがてその場所は消えていってしまう。もしくは、自分の通う場所ではなくなってしまう。そのときは通過点と思えなくても、いつしか全ての過去は通過点と思える日も来るだろう。

もう学生証がないので、学生として図書館に入り浸ることができなくなってしまった。でも本は読んでいこう。そうすればきっと、また新しい点を探すことだってできるだろう。

 

異邦人 (新潮文庫)

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いざ最悪の方へ (Le livre de luciole (34))

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二つの場面ーーバイオリン弾きとベルイマン

ぼくらが
電車通りを駆け抜けると
巻きおこる
たつまきで街はぐらぐら
おしゃれな風は花びらひらひら
陽炎の街
まるで花ばたけ

(はっぴいえんど「花いちもんめ」)

 


ここのところ、小学校時代に読んだある本の場面が、何度も頭をよぎっている。しかし書名がどうしても思い出せないので困っている。妻子持ちの貧しいバイオリン弾きの男が出てきて、軍歌を弾けばすこしは金になる、と言われるも、「僕のバイオリンで軍歌は弾きたくない」と拒むのだ。妻も夫の気持ちを察してそれ以上何も言わない。しかし家計が切迫したために、彼は仕方なくバイオリンで軍歌を弾くことにする。街の広場で彼は軍歌を弾きはじめるが、途中で諦めて、やがて美しい外国の曲を奏でていく。その場面だけが、最近、妙に頭から離れない。どうしたものか。

小学校にあがって間もない頃から、私はすこし難しい本を好んで読んでいた。ほかの子が絵本を読むなかで、一人だけ活字本を読んでいた。と言ってもちゃんと読めていた訳ではなく、文字を目で追っているだけに過ぎなかったのだが。しかしそれでも本を読むという行為には特別な愛着があった。のちに大学で芸術を専攻して学ぶことになるのも、おそらくそこに由来があったのだろうと思う。最初から最後まで理解して本を読まなくても、ひとつでも心に留まったものが見つかればそれでいいという、わりにいい加減な読書方法もそこで身につけてしまった。でも、まあ、好きに読むのがいちばん良い読書法なんじゃないかとも思う。

大学時代も暇さえあれば図書館にいた。適当に本を探し、読んでいる中で印象に残った文章をノートに書き写した。そして閉館時間まで時間があれば視聴覚コーナーで映画を観ることにしていた。そういうことばかりしていたのでこんな人間になってしまった。それは本当に仕方なかったと思っている。

大学を卒業してから二か月以上経ったが、学生時代が終わっても、毎日が発見の連続である。つい先日も私は発見をした。たまたま知り合ったごく普通のサラリーマン風の人が、美しい詩を書いていたのだ。こういうことを発見と呼んでいれば、自分はまだ生きていけるような気がしている。

私が俗に言う詩の心を得たのは、おそらく後天的なものであると思う。幼い頃から詩を書き続けてきた訳ではなく、時が来て自然に書けるようになった。高校二年生のときに、室生犀星を読んで詩の心に出会ったことは記憶しているが、もっと前からその心はあったのかもしれない。それから大学に行って詩人の先生のゼミに通って、初めて自分の中で作品と呼べる詩を書けるようになった。しかし実のところ、もともと自分のなかに生まれつきその心があったのか、それとも後天的なものなのかは自分でもわかっていない。しかし自分にとって、生涯詩は特別なものだと感じている。

今、私は大学という小さな枠の中から出て、ずいぶん戸惑っている。学生時代に見ていた景色とはだいぶ違った景色が広がっている。幸いにも人の優しさに救われて、なんとか四月を迎え、五月を迎え、六月を迎えられた。ここのところの出来事については、いつか何らかの機会に文章か何かにしてみたい気もするが、永遠にそれは発表できないで終わってしまいそうだ。それくらい大切に思える日々だった。

冒頭でバイオリン弾きの出てくる場面について書いたが、もうひとつ、最近特に思い出す映画の場面がある。それについて書いて、この記事を終わりにしたい。
スウェーデンの映画監督、イングマール・ベルイマンの『魔術師』という映画に、老婆と若い娘が椅子に座って話をしている場面がある。老婆は若い娘に優しい口調で語りかけている。そこでは、老婆の眼も、老婆の口ぶりも、老婆のジェスチャーも、すべてが優しさでできている。見た感じの印象だが、娘と老婆には五十歳ほどの年齢の差があった。しかしここでいう年齢の差とは、単に時間の差ではなく、魂の年齢の差のように私には感じられた。人間のうちにある神的な霊魂を、ベルイマンは確かに捉えたのだろう。

最近、本当に人に優しくしてもらった。いったい、どうしたらあの優しさを返すことができるのだろう。なんだか、しばらくそれを探すことになりそう。

 

 

風街ろまん

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魔術師 ≪HDリマスター版≫ [DVD]

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夜を歩く

1年ほど前に早稲田松竹エルマンノ・オルミの『木靴の樹』という映画を観ました。文益小作農場に住む人たちの物語です。穏やかな農場の映像は絵画的で、ぼんやりした夢のような良さを持っています。でも動物屠殺シーンがリアルで怖かった。生きることは食べること、生きることは祈ること、生きることは他者と関わること…そういう大切なことが描かれている美しい映画です。

 

前置きはこれくらいにして、少し前に、その映画からインスピレーションを受けて詩を書きました。折角なので掲載することにします。

 

 

 

夜を歩く

 

まだ咲いたばかりの
サフランの花を
そっと摘みとるときの
燈火の幻

真夜中に
きみを探しに表に出ると
マンフレディーニのピアノ曲
壁に反響している

子供のささやく声が
そこらじゅうから聴こえる

(壁の近くは 暖かいから
 木を植えるときはそこに植えよう)
(夢の近くに 家をかまえて
 いつでも行き来できるようにしよう)

月はだんだん西へと落ちていく
月のまわりは まるで
幻のように明るさを保っている

絵本をめくるときの
小さな喜び
疲れきって
休息を乞うときの
夜への安らかな気持ち

月は朝になると消えてしまう
魔法でも何でもなく

 

(ある午後に)

昔書いた詩を掲載します。余り上手く書けているという感じでもないんですが、自分で気に入っているので、掲載しちゃいます。午後を題材にした詩です。

 

 

(ある午後に)

 

過ぎゆくものが
すべて実体を持たないように
思える午後

子供たちの午後と
私の午後に
どんな違いがあるのかを
私は知りたい

横になりながら
そっと耳を澄ませると
部屋じゅうは
小鳥たちのレクイエムで
いっぱいになっている

そして
昼間には消されている
蛍光灯の灯りだけが
真上に吊るされている


(ある午後に
目を覚ますと
手の話を
している人がいました)

子供の手、
大人の手、
まほうつかいの手、
聖母の手、
友人の手、
いつもそれは手のように見えているけれど
本当は手ではないのです。


手はときどき
ひとりでに部屋の隅に行って
退屈をもつかまえます。

手がつかまえるものは
役に立たないものばかり

けれど
お月さまに届ければ
きっとよろこばれることでしょう。

 

退屈のなかには

いつも死のにおいがした

 

誰かが忘れていった
指の痕跡を

私は
目覚めて、
拾いあつめる。

 

クーリンチェを観に行きました

※ネタバレあります。もしこれから鑑賞する予定のある方は、またあとで読んでください( ; ᴗ ; )

 

 

エドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の想い出』という映画に、少年が祖母の葬式で、祖母への手紙を音読する場面がある。いや、葬式というより、葬式の準備がなされた葬儀場と言ったほうが適切な気がする。

自分も人生の中で葬式を何度か経験したけれど、葬式には悲しみだけでない、穏やかな時間もあるように思う。お通夜のときは、みんな本当に悲しみに暮れるけれど、案外、葬式当日、準備がみんな済んで、親戚を待っている時間は、ごくありふれた休日のようにあっけらかんとしている。少年が祖母への手紙を読んでいたのは、そういう時間だと思う。

映画に出てくる葬儀場は、夏の光がきらきらと差し込んでおり、やはり穏やかな時間だった。生者にも死者にも、季節は均等に廻り来るものなのだと漠然と感じた。

新宿シネマカリテでこの映画を鑑賞してから半年経ったが、おそらく私は生涯この場面を忘れることは無いと思う。

ヤンヤン 夏の想い出』には、そういう印象的な場面がたくさんある。電車の車窓から見える、夜になりかけのビル群だったり、アナウンスが鳴り響く、混雑した夕方の駅だったり......。

でもそれらは全部「想い出」なのだ。もう二度とその場所に戻ることはできない。それが現在よりもずっと美しく思えても、やはり思い出なのだ。

 

 『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』が見られると聞いて、私は本当に嬉しかった。前述した『ヤンヤン 夏の想い出』と同じエドワード・ヤン監督の作品で、いつか観たいと思いつつ、この映画の版権には大人の事情があるらしく、ああこれは一生観られないかもな…と思っていた。それが観られるのだから本当に嬉しい…と思ってチケットを前日購入した。当日、ジャスミンティー(台湾を意識)とチョコレートを買い、3時間57分に渡る、牯嶺街少年殺人事件の鑑賞に備えた。

上映開始。

牯嶺街少年殺人事件

 という、真っ赤な画面に映画のタイトルが浮かび上がる。その赤い画面が余りにも美しい。

 

『牯嶺街少年殺人事件』は、夜間高校に通う少年・小四(シャオスー)が、不良グループ「小公園」のボスの彼女・小明(シャオミン)と出会い、彼女を殺してしまう話である。ちなみに、1961年に実際に少年がガールフレンドを殺害した事件が基となっている。

 

映画の冒頭には次のような説明がテロップで入る。

1949年前後 数百万の中国人が

国民党政府と共に台湾へ渡った 

安定した仕事と生活を求めてのことだった

未知の土地で動揺する両親の姿に少年たちは不安を覚え 

グループを結成し自己を誇示しようとした

あまりにも簡素な説明なので、その削ぎ落とされた説明にもひりひりとしたものを感じる。この説明通り、台湾という未知の土地に両親たちは困惑している。やはり、大多数の人は、台湾には来たくは無かったのだ。そしてもといた場所に帰りたいと願っている。この映画の台湾は、教育をはじめとして、すべてが上手く行っていない。というより途上なのだ。本当に苦しいものが多いのだ。大人たちが苦しいので、子どもたちもそれに飲み込まれて、歪んで傷ついている。

 

 『トリュホーの思春期』という映画が私は大好きで、その映画のことをクーリンチェを見ているときに少し思い出した。学校という枠の中でうまくやれず、でもそれでももがき続けるしかなくて、どんなに苦しくても、少年は大人になるまでは時間がかかる。だから、しばらくは少年でいなければならない。その時間は辛いこともあるけれどやっぱり鮮やかで、もう一生その時間に帰ることはできない。大人になったら今よりも辛くならないのだと信じたいが、でも大人になっても生きるのは辛い。でも、それでも人生は美しいと言えるかも知れない。そういうことばかり考えさせられる映画だ。

 

 クーリンチェの主人公・小四も、少年でいることが余りにも辛そうな少年に見えた。大人しめで、不器用で、試験をカンニングされたときも、被害者であるのに、先生に理不尽に減点されてしまう。彼にはそういうことが多い。たまたま見つかって怒られたり、お金を支払うことになったり、とにかくそういうことが多い。でも小四の家族は彼に優しく、こっそり必要なお金をくれたり、父親に関しては学校に抗議してくれたりする。でもその優しさも、上手くいかないことの多い彼にとっては苦しい。小四の眼鏡を買うために父親は煙草を節約すると言う。でもその優しさのせいで、小四は死んでしまいと思っても、家族がいるせいでうまく死ぬことについて考えられないのではないかと思った。

小四は不幸なことが起こると、自らをもっと不幸に、それも衝動的に、不幸へと行ってしまうところがある。だから後に彼が刺殺してしまう小明にも近づいてしまったし、「小公園」にも関わってしまったし、小明を通して、出会わなければよかった人間に会って、いなければよかった場所に行ってしまった。

小明という人物は、本当に不思議な女性だった。人目を引くようなボブカットに、端正な顔立ち。でもものすごく美形という感じでもない、妙な美しさがあるのだ。彼女に運命を任せていれば、どこか別の世界に行くことができる、それでいて彼女の口からは現実に即した発言が出てくる。小四は小明の前でだけ、どこか未知の自分を出しているように見受けられた。

全編を通して、小四は心の奥の闇を隠すかのように、胸にベルトで懐中電灯をつけて歩くことが多かった。彼は懐中電灯が好きなのだ。押し入れの中で、懐中電灯をつけたり消したりして楽しむ。そういう趣味を持っている。

物語終盤、父親が警察に共産党の疑いをかけられて連行される。母親も泣いていて、兄も泣いていて、みんなが泣いている。小四の家族はみんな傷ついている。それでも小四は懐中電灯をつけたり、消したりするのをやめない。そんな小さな懐中電灯じゃ、どこも照らせないのに、彼はそれでも懐中電灯さえあれば何にでもなれると思っている。

小明に会って彼女を殺すシーンの前、彼が映画のスタジオに行くシーンがある。そこで彼は懐中電灯を置き忘れてしまう。その代わりに、同級生を脅すためのナイフを腰につける。もう彼には懐中電灯さえも忘れてしまったのだ。そして、そのナイフで、小明を刺殺してしまう。

彼には殺す気はなかったのだ。小明という不思議な女性が、一瞬、世界の全てに見えたのだ。絶望とか不幸とか、そういうときに見える光は、眩しすぎて直視できない。だからきっと、彼にとってのその瞬間の最善の方法が、彼女を殺すことだったのだ。

この映画は上映期間中に2回見たが、2回目のほうが切なかった。小四が小明を殺害する場面がどのあたりにあるか把握してしまっていたからだ。小四は本当に、小明を殺す気がなかったんだと思う。むしろ、彼女という存在に運命を感じて、優しさを与えたかったのだ。けれどその言葉も、彼女には届かない。そして彼女は余りにも世界そのもののように目の前に立っていた。そしてそれを彼は自らの手で終わらせてしまった。

もしかすると自分も、小四と同じ状況で、同じ歳だったら、小明を殺してしまうかも知れない。殺人をしてはいけないと分かっていても、不幸が続いて、ほんの少しの溝に落ちてしまったら、その世界はどのように見えるのだろう。小四が小明を世界そのものだと錯覚したように、自分も小四が自分の世界の一部のように思えた。

小四の人生は人を殺した後も続いていく。彼は裁判所で一度は死刑判決を受けるも、未成年ということもあって、30歳を前に釈放されたそうだ。その説明がまた、淡々としたテロップでされる。実際の30歳の小四の姿までを映すことなく映画は終わる。

だから、この映画はすべて思い出なのだ。過去の話なのだ。日本人が台湾に残した日本刀で大人たちが襲撃される場面も、ラジオから流れる人の名前が読まれ続ける場面も、すべてが過去のひりひりとした思い出なのだ。だからこそ、この映画のことを何度も何度も思い返す必要があると思った。過去の鮮やかな時間を、何度も何度も思いだすこと、それは苦しいけれど、でも同時に鮮やかなものなのだと思う。

 

 

 

 

ヤンヤン 夏の想い出 [DVD]

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